ホテルの定義と上手な使い方について

海外でのLGBTも深刻

現実は甘くない

現代社会、世界規模で同性愛者の権限は徐々に社会的地位を獲得しているといっていい。アメリカやヨーロッパでは地域によって同性同士の結婚が認められるようになっている。敬虔なキリスト教である国にすれば信じられない、といっていいだろう。キリスト教の教えにおいて同性同士で愛しあう行為など許されるべきではないと教義に存在している。そうした趣向を持つ人間は異端であり、排他すべき存在であるとすら罵られているほどだ。

かつてアメリカで制作された短編映画で『Love Is All You Need?』があります。知っている人もいるかもしれませんが、この映画でテーマになっているのが現実とは違い、『同性同士が愛しあい、家族になるのが普通の世界』が描かれているのだ。物語の主人公たる少女はそんなごく普通の、同性愛者の家庭で生まれ育った。しかし彼女は同性への恋慕を抱けず、男性に対しての興味を抑えきれず、しまいに愛されたいとすら考えるようになってしまう。

ですが少女のそうした考えを否定するように、周囲の人間から抑圧されるように弾圧を受け続けた。しまいには通っている学校で心身ともに痛めつけられるほどのいじめを受け、額には『ヘテロセクシュアル』という差別的な言葉を浴びせられてしまうのだ。最終的に少女は自分の状況、自分がこの世界ではおかしいことに絶望して自殺をしてしまうのだ。そんな皮肉めいた内容が多くの共感を呼んだほどに、同性愛に対しての意識はまだまだ偏見そのものの改善には至っていないのが現実なのです。

日本のホテル宿泊に関してもそうですが、中々この辺りはナーバスな問題だ。

厳しいところは厳しいまま

ホテルで同性愛者が冷たくあしらわれてしまう、それくらいならまだ可愛い方なのです。世界には人権的に、どう考えても同性愛者は認められないとしてある国では法律に同性愛者は、理由の如何に関係なく処刑に処するという決定を下した王様がいた。マレーシア領土にあるブルネイという地域、そのブルネイの国家元首として君臨している人が取り決めたのが、同性愛者に対しての刑罰を死刑に変えたというのだ。

この国では元々厳しく罰せられる罪として見られており、改正前と改正後を見てもらえば分かるように罪の在り方と考え方があまりに極端すぎる扱いがなされています。

改正前:懲役10年

改正後:石打ちによる死刑

改正後の同性愛者に対する憎しみともいえるような行為、これを見て分かった人もいると思いますがブルネイの敬虔すべき宗教はイスラム教だ。

過激な行動が目立つイスラム教ですが、キリスト教以上に戒律の厳しいことで知られている点からも、同性愛などと不埒な行為に走るものは生きる資格が無いとすら言っているのです。とはいえ、かつてイスラム教にも大昔はに何かしらの歴史は残されているので、必ずしも悪い宗教ばかりではないことは言っておく。

寛容になったとはいえ

ブルネイのようなイスラム教を国家宗教として認定している国では同性愛は原則認められていない。ただそれ以外の国や地域では徐々に見方を変える動きが活発になっているのも事実だ。それでもいまだ、同性愛だという気力を持てない人が多く、それこそカミングアウト出来るのはハリウッドスターのようなセレブ層でもなければ、その後の生活が立ちゆかなくなってしまうのだ。日本においても例外ではなく、またアルゼンチンのような国では慣習的に忌み嫌われています。

それこそホテルで宿泊する際には、同性同士の宿泊は一括に禁止されている。それも条例によって定められているため、認知されてはいるが地位を保証する事は出来ないと言っているようなものだ。日本のラブホテルでも同性愛者はあまり歓迎されませんが、アルゼンチンにおいては条例という盾を翳して拒否する姿勢が特に強い。

ホテルを利用したくても利用できない、それは世界単位でまだまだ同性愛者には優しくない世界のようだ。様々な利用が認められつつある中で、性的な面では寛容になれないところが多いことを証明する結果と言えるでしょう。